ぶどうの家

~心と体を癒やして日々元気に~

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大相撲・朝青龍危なかったが7連勝!


今週の日曜日から始まりました、大相撲。
色んな問題がありました。
今日は、朝青龍が危なかったが7連勝です。
白鵬は危なげなく7連勝でした。
明日は、勝ち越しの決まる一番ですね。
ご高齢者の方は、日本の国技である大相撲を
好きな方がとても多いですね。
大相撲の歴史について少し調べてみました。

【相撲の歴史】

〓神話の時代〓
 
日本相撲の歴史は古く、「古事記」の中で、建御名方神(たけみなかたのかみ)と
建御雷神(たけみかづちのかみ)が、出雲の国をかけた力くらべをして、
建御雷神が勝ったという記述が起源とされています。
 また「日本書紀」によると、第十一代垂仁(すいにん)天皇の御前で
野見宿弥(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)が
日本一を争ったと、記されている結果は野見宿弥の勝ちで肋骨を蹴り折り、
さらに腰の骨を折って絶命させました。当時の相撲は正に命をかけた男の闘いでありました。

〓天覧相撲〓
 時代が進むと相撲はいつしか闘いよりも豊作を願い
神に奉納する神事としてや、余興としてとられるようになっていきました。
「日本書紀」によると紀元前642年、皇極(こうぎょく)天皇が
百済の使者をもてなす為に宮廷の健児(こんでん・兵士)
を召集して相撲をとらせたとあります。

〓上覧相撲〓
 戦国時代になると、戦国大名は武術としての相撲を奨励するようになり、
織田信長も毎年大勢の相撲人(すまいびと)を集めては
上覧相撲をとり行いました。
また、信長が勝者宮居眼右衛門(しょうしゃみやいげんえもん)に与えた弓が
弓取り式の始まりと伝えられています。
この頃、力士は四股名を持つようになり、「行司」も登場しました。
相撲が武術として大きく発達した時代であり、
力士が武士(もののふ)である由縁もまたここにあります。

〓歓進相撲〓
 江戸時代になると、寺社の建立や修復の為の寄付を集める為に
庶民的な相撲が行われるようになりました。
 この頃の土俵は、人方屋と呼ばれ、見物人が輪を作ってそのなかで
取り組みが行われた、「寄り」や「押し出し」はなかったが
相手を倒す他に、人垣の中に押し倒したりしても勝ちとなりました。
その為、人垣からケガ人がでたり、喧嘩が絶えなかったです。
そこで相撲浪人で組織された株仲間が興行主の取り締まりを強化して、
土俵の改良を行う事になりました。
 この株仲間が年寄り株制度原型であります。
改良された土俵は人垣の変わりに俵を埋めたもので、四隅には柱が立てられ、
櫓が組まれました。決まり手も48手が成文化され、いよいよスポーツとしての相撲が始まりました。

〓大相撲〓
 江戸時代後期に入り、今の日本相撲協曾の前身にあたる江戸時代相撲会所が
整備され、相撲年寄りと相撲部屋も次々と誕生しました。
昭和になると、土俵の危険な4本柱も撤廃され、戦前のラジオ中継に続き
戦後のテレビ中継、平成になって世界に向けて衛星中継も始まりました。
近年、相撲は国民的な娯楽になり、近代スポーツとしての確固たる地位を獲得しました。

          (保留虎(ぽるこ)の部屋より 抜粋

 相撲の歴史は古いのですね。
日本の国技を守っていくためにも
力士の皆様頑張って下さい。

公開日:

今日は、何の日? 今でも思い出します。


 今日は、兵庫・大阪に未曾有(みぞう)の
大事件(事故)が起こった日でした。

【1995(平成7)年1月17日午前5時46分、
淡路島北端を震源とする兵庫県南部地震が発生しました。
マグニチュード7.3で震源の深さは約14キロ。
神戸市・芦屋市・西宮市と淡路島の北淡町で
初めて震度7の激震を記録しました。

大都市神戸を中心に阪神間の人口密集地を直撃し、
鉄道・高速道路・港湾等の交通機関や
電気・水道・ガスのライフラインが壊滅状態となり、
自宅を失なって避難した人は最大で23万人に達しました。
死者は、震災が原因で亡くなった人を含めると
6000人を超えました。
負傷者は約42000人、倒壊家屋は約40万棟。
被害総額は10兆円にも登りました。】

 この時は、一瞬何が起こったのかわかりませんでした。
棚においてあった花瓶は割れるし、
テレビもひっくり返りました。
電話も通じなくなるし、当時は本当に怖かった事を
思い出します。
 当時も今日みたいに少し温暖で、天気が良かったような
記憶があります。

 その他にも今日は、あの湾岸戦争に突入した日でも
あります。

【1991(平成3)年、アメリカ軍を主力とする多国籍軍が、
イラクとクウェートのイラク軍拠点に攻撃を開始し、
湾岸戦争が勃発しました。

この日に設定されていた撤退期限が過ぎても
イラク軍がクウェートから撤退しなかったため、
攻撃に踏み切りました。】

 今日生まれた有名人は、高3トリオで有名だった、
山口百恵さん(1959年生)や昨年色んな問題行動を
した、故林家三平さんの娘、泰葉さん(1961年生)
が生まれています。

 これからは、嫌な思い出に残る大事件や事故は
起こらないように祈るばかりです。

公開日:

懐かしい本を見つけました。〓恍惚の人〓

 1月も半ばを過ぎ、明日から少し寒さも和らぐ
天気予報で言ってましたが、まだまだ、油断大敵です。
先日、テレビで放映されていました、長門 裕之夫妻の事や
小金沢 昇司 の事で大変驚きました。
長門 裕之さんの妻、南田 洋子さんも
小金沢 昇司 さんのお母さんも同じアルツハイマー病に
なっているとの事でした。
また、元アメリカ大統領の故レーガン氏もいち早く
そのことをカミングアウトされた方でした。
アルツハイマー型認知症は、近年良く耳にする言葉ですが、
いつ頃から言われ始めたのでしょうか?
少しだけ調べてみました。


「アルツハイマー型」の名は、最初の症例報告を
行ったドイツの精神医学者アロイス・アルツハイマーからきています。
アルツハイマーはドイツ精神医学の大家、
エミール・クレペリンの指導のもと、
ルードウィヒ・マキシミリアン大学で研究活動に従事していた。
アルツハイマーは、1901年に嫉妬妄想などを主訴としてはじめて
アルツハイマーの元を訪れた、世界最初の患者
アウグステ・D(Auguste Deter)に関する症例を、
1906年にチュービンゲンのドイツ南西医学会で発表した。
また、翌年『精神医学およ法精神医学に関する総合雑誌』に論文を発表した。
その後、この症例はクレペリンの著述になる精神医学の教科書で大きく取り上げられ、
「アルツハイマー病」として広く知られるようになった。
現在は、「アルツハイマー型認知症」と呼ばれています。

先日、実家を片付けていたら昭和47年頃買った『恍惚の人』が
本棚から出てきました。当時、『複合汚染』など有吉 佐和子さんの
小説が好きだったので、買ったものだと思います。
現在の認知症の方についての事を書かれた作品です。

(『恍惚の人』(こうこつのひと)は、有吉佐和子の長編小説。
1972年に新潮社から「純文学書き下ろし特別作品」として出版され、
1973年には森繁久彌主演で映画化されました。)

恍惚の人は、認知症および老年学をいち早く扱った文学作品でした。
高齢者介護に奮闘する家族の姿は現代にも十分通じるものがあり、
介護医療の難しさは不変であることを思い知らされる作品といえます。
出版当時空前のベストセラーとなり、痴呆・高齢者介護問題にスポットが
当てられることになりました。
その関心度の高さから「恍惚の人」は当時の流行語にもなりました。

【主な登場人物と内容】
立花昭子  :立花家の嫁。弁護士事務所で働き、
       家事をこなしながら舅の介護に忙殺される。

立花茂造  :昭子の舅。昭子を何かといじめていたが、
       妻が急死した後に認知症が進んでいることが家族に分かり、
       一転昭子に頼りきりの生活になる。

立花信利  :昭子の夫。商社に勤め多忙を極める上、
       認知症の進行する父の状態が自分の未来に重なって
       見えるためやりきれず、最後まで介護には関わらない。

立花敏   :信利・昭子夫婦の一人息子。大学受験勉強中だが、
       敬老会館への送り迎えもし、茂造が徘徊して行方不明になったときには
       探しに行くなど、介護にはわりと協力的。

門谷家の老女:立花家の近所に住む。茂造を老人クラブに連れて行き、
       さらに茂造の住む離れで一日世話を焼くなど、
       一時は茂造に「老いらくの恋」をするが、茂造の様子を見て愛想を尽かす。
       その後寝たきりになるが、嫁に面倒を見てもらうことに耐えられず愚痴をこぼす。

エミ:大学生。恋人の山岸と共に、昼間茂造の面倒を見る条件で離れを借りる。
       茂造の病状が進んで手がかからなくなっていたため、茂造には比較的好意を持つ。

今、読み返しても大変興味のある本の一冊だと思います。
今から、35~36年前の話です。当時は、グループホームや小規模多機能型施設も
無く、当時の方々のご苦労が本当に伝わってくる本でした。
又、面白い本が見つかりましたら紹介させて頂きます。

公開日:

ブログパーツを使って脳力アップ!

 

 


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公開日:

寒い日が続いています。お風邪など召されないように。

 ここ数日間寒い日が続いています。
お風邪など召さないようにしてください。
手洗い・うがいは必ずしましょう

【風邪(かぜ)は万病(まんびょう)の元(もと)】
 風邪はあらゆる病気を引き起こす原因になるから、
用心が必要であるということ。
 たかが風邪と甘く考えないように戒める言葉。
風邪は百病の長。


公開日:

認知症介護フォーラムのお知らせ。

 〓市内7つの認知症グループホームと羽曳野市の協働事業〓
家族・地域の絆を深めて・・・

 あたたかい心が通う認知症介護のために、
 家族や地域のつながりを考えていただくフォーラムです。


日 時     平成21年1月23日(金)
開 場     18:00~
開 演     18:30~
終 了     20:30
場 所     綾南の森総合センター
内 容     基調講演
       【地域で支える認知症ケアー発見から看取りまでー】
講 師     兵庫医療大学看護学部
        看護学科生活支援
        看護学領域
        老年看護学分野
        平木 尚美 先生
  


パネルディスカッション
「認知症介護の現状と展望 ~地域におけるネットワークのあり方~」            

パネリスト
 認知症介護に関わる事業所・専門職・市民

 ☆ご参加へのお申し込みは不要です。



 お時間がございましたら、どしどしご参加下さい。
場 所

(↑クリックで大きくなります。)
大阪府羽曳野市島泉8丁目8番1号
(近鉄南大阪線 高鷲駅下車 北へ徒歩12分)
◇沢山の方のご来場をお待ちしております。◇




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〓回想法〓 4回目 懐かしい物いっぱい!!

 昔懐かしい物、いっぱい集めました。
今回で4回目になりました。
何か、わかりますか?もしくは、このような商品を
覚えていますか?



 回想法とは?

昔懐かしい品物・写真を見ながら高齢者に
自分の記憶・体験・思い出を語っていただきましょう。
 聞き手になる人は更に高齢者の言葉からより
多くの言葉を引き出すように高齢者が気持ちよく
語っていただくよう導きます。
 高齢者の介護を行なうひとつの作業で、
このような方法を回想法
と呼び一般的に多く用いられる
ようになりました。


 昔、家にいたのをこれでよく捕りました。
どぶによく仕掛けました。
これが何かわかりますか?

よく、八百屋さんの天井からぶら下がっていました。
今では、あまり見かけられなくなりました。

夏、寝るときに天井から吊るしてくれました。
すると、刺されにくくなりました。

田舎の庭にありました。とても冷たくて
これで、夏はスイカを冷やしました。

小さいときこれを買ってもらって、とてもうれしかった
ことを思い出します。

女の子はこれでよく遊んでいました。

これでも、よく遊んでいました。とても綺麗な
物が出来ました。


おじいちゃんやおばあちゃんがおうちにおられる方は、
一度上の写真を見たことがあるか聞いてみて
下さい。【画像クリックで大きくなります。】
また、興味ある商品を探したらアップしますね。

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恒例お正月行事で~す

お餅つき大会

1月5日から1月10日
だいこんおろし・あんころ餅・ぜんざい 
日替わりメニューでおいしくいただきました!
つきたてお餅と採れたてだいこんの味は大好評でした。
皆さん、昔とった杵柄で、本領発揮の光景です。

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★羽曳野市が生まれて50才!★

 羽曳野市は、昭和31年9月に町村合併促進法により、
古市・高鷲・丹比・埴生・西浦・駒ヶ谷の
2町4村が合併して、南大阪町が誕生しました。
 昭和34年1月15日に市制を施行し、名称を羽曳野市と改めました。今年平成21年1月15日は、めでたく満50才を迎えます。
 我が町羽曳野市も半世紀を無事に過ごしてきました。
当施設に通われている方や、入所されている方は、
羽曳野市が生まれたときは丁度20~40代でしたね。
 今日は、成人式ですね。今日成人になられた方は、
生まれる前の30年前に、羽曳野市が出来たのですね。
 羽曳野市の50年前は、どんな感じだったのでしょうか?

50年前の古市駅です。
(写真をクリックすると大きな画像で見る事が出来ます。)

50年前の白鳥交差点です。

50年前の高鷲農協です。

50年前の恵我之荘商店街です。

今振り返ると、情緒があってとっても暖かかった時代
だった感じがします。
(写真は、羽曳野市のホームページからお借りしました。)
もっと沢山お写真を見たい方は、
羽曳野市のホームページで見てください。

 今日は、風が強くとても寒いのでお風邪など
召されないように気を付けてください。
 

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〓回想法〓 3回目 懐かしい映画と写真

 回想法も今回で3回目になりました。
今回は、懐かしい写真や映画のポスターを
探してきましたので、大いにご家族で
昔の事を懐かしみ色んな事を思い出してください。
主に今回は、戦前(第2次世界大戦)のものに
なります。
ご年齢としては、80歳前後の方は覚えておられるかと
思います。



 まずは、東宝映画のポスターからです。
★長谷川一夫 ★山田五十鈴 ★高峰秀子 ★榎本健一
など、当時の大スターが載っています。

画像をクリックして頂きました、大きな画像になります。

次は、新人監督の黒澤 明 監督の作品です。
柔道の映画です。
これも東宝映画のヒット商品でした。

昔、NHKでジェスチャーという番組が
あり、体の表現・仕草で伝えたい事を当てると
いう番組がありました。
その時に出演していた水之江滝子(ターキー)の
若い頃の写真です。
おじいちゃん・おばあちゃんが見ると、とても
懐かしく思われると思います。

 僕は、名前だけ知っているだけですが、
とても有名な方だったと記憶しています。
名前は、李香蘭(リコーラン)と言う方です。

 昭和12年頃の御堂筋です。
今とは、すっかり変わっています。

もう一枚、大阪~池田のところの
昭和12年頃の写真です。

 最後に今では、見ることの出来ない
木炭車のタクシーです。
現在は、LPガスで運転をされています。



全ての写真は、クリックして頂ければ、
もう少し大きな画像になり、とても
見やすくなります。

今回の写真提供は、
〓ごちゃまぜ歴史写真館〓様から頂きました。
もっと色んな写真を見たい方は、
〓ごちゃまぜ歴史写真館〓でお楽しみ下さい。
上記をクリックでごちゃまぜ歴史写真館に行けます。



今後、また懐かしい写真を見つけましたら、
アップ致します。
宜しくお願いします。m(__)m

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